痛みはやり過ぎを教えるサイン

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痛みがあると「悪い」、痛くないと「治った」。
そう思う人は多い。
多いというかほとんどそうである。
では痛みがなくなれば良いのか?

生まれつき痛みを感じない人がいる。
無痛症と呼ばれる病気で、
神経系の遺伝子の突然変異で、
世の中には100万人に1人程度いる。
電位依存性ナトリウムチャンネルの
タンパク質の異常が原因だと思われるが、
その人はどういったことになるのだろうか。

先天性の無痛症の場合、
痛みを感じないのでわからないので
目玉を血を流しながらほじってしまうことがある。
子供としては顔の中に濡れている場所があるので、
指を突っ込んで取ろうとしているのだろう。
痛みがあれば痛いのでやめるが、
痛みがないので血を流しながらでも、
目玉をほじろうとしてしまうのである。

また怪我をした時にも困ったことが起きる。
骨を折ったとしても痛みを感じないので、
骨が折れたままでも笑いながら走るので、
骨はより複雑に折れ、皮膚から突き出し、
開放骨折となってしまうこともある。
痛くても動かすことができるので、
傷の回復も当然遅れてしまう。

要するに痛みそのものが悪いのではなく、
痛みは体を守るための大事なサインなのである。
ではその痛みというサインを
どのように捉えたら良いのだろうか。

痛みとは”やり過ぎを教える”サインである。
例えば同じ動作を繰り返したり、
同じ姿勢が続いた時、痛みが出てくる。
またその他にも食べ過ぎた時、
考え過ぎた時などでも痛みが出てくる。

体のどこを使い過ぎても、
筋筋膜を介して筋は過緊張を生じる。
それは体の中でも外でも離れていても、
筋膜を介して筋の緊張として現れてくる。

あとは痛みとして現れる前に
気づくことがもっと大切である。
痛みより前に重たくなってくる。
また重たくなる前は違和感として現れる。
違和感や重たさのあたりで、
何がやり過ぎているのかに気づけば、
症状はすぐにおさまることが多い。
それでも気づかずにやり過ぎてしまうと、
痛みとして現れてしばらく症状が続いてしまう。

そう考えると熱中する人、
情熱的な人ほどやり過ぎてしまうかもしれない。
そういった部分はその人の長所でもあるので、
大切にしていきたいところでもある。

まとめ

「痛みはあると悪くて、痛みがなくなると治った。」
このように単純に考えるべきではない。
痛みがあるからこそ、体を守ることができている。
痛みとは”やり過ぎを教える”サインである。
また痛くなる前に気づくことが、最も大切である。
痛くなる前には違和感や重たさを感じる。
違和感から重たさそして痛みに変化してくるため、
いかに違和感や重たさに気づき、
やり過ぎをやめるかが大切である。

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ABOUTこの記事をかいた人

藤原大輔 岡山のクリニックで理学療法士として勤務。 "痛み"に対して 日常生活のコントロールの重要性を提唱している。