ナラティブ・ベースド・メディスンとSDM

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パターナリズム

医療は時代に応じて変化する。
以前はパターナリズムが主流であった。
父権主義で「私はあなたのために正しいことを言っている。
だから私の言うことを聞くのが間違いないんです。」
そういったニュアンスである。

しかしそれだと医療従事者の医学的知識と、
経験的技術によって医療にばらつきが出てしまう。
医療の提供が医師次第で変わってしまう。

エビデンス・ベースド・メディスン

そこでその偏りをなくすために、
エビデンス・ベースド・メディスンが広がった。
統計学的に有効な方法を選択することで、
効果的で質の高い医療を提供することができる。
治療ガイドラインなどがそれなあたる。

しかしこのエビデンス・ベースド・メディスンは、
万能のものではない。
確率の高いものから選択できるが、
目の前の患者に当てはまるのかどうかはわからない。
当てはまる確率は90〜60%。
ということは10〜40%は無効ということである。

そこでインフォームド・コンセントが提唱された。
説明と同意と言われるものであるが、
「この治療で○%の人が改善するが、
○パーセントでこのような副作用が出ることがある。
この治療を選ぶこともできますし、拒否することもできます。」
といったものである。

ただ○%で言われてもなかなか難しい。
絶対でないなら怖い。
でも世の中に絶対はない。
先生はよくなったというけど、
自分はよくなったと思えない。

そういった中で治療は成功しても、
患者は不満が残ったりする。
もちろん患者も不幸だが、
医療従事者も不幸である。

科学的に正しい手法で頑張って結果を出しても、
患者は満足せず医療従事者も
自信ややる気を無くしてしまう。

ナラティブ・ベースド・メディスン

こういった問題を補完する考えが、
ナラティブ ・ベースド・メディスンである。

ナラティブとは物語を意味し、
患者の物語、固有の価値観を重視して
治療に生かすといった考えである。

患者の症状、そしてその症状による辛さや苦しさ、
生活による影響。
どんなことを希望し、何を求めているのか。
その患者の語りをまずは尊重する。

医療従事者の知識や経験というのも、
構築された物語として捉える。
患者の物語と医療従事者の物語。
その二つはどちらが真実かという視点でなく、
相対的に理解することが大切である。

そして複数の物語から新たな物語を構築していく。
患者さんの想いと医療従事者の想い。
それぞれの想いを合わせながら、
答えを探していくこと、
そこに患者の満足がつながってくる。

それがこれからの医療とされるSDM。
シェアード・デシジョン・メイキングである。
協働的意思決定と呼ばれるもので、
どちらが真実で正しいのかを追求するのでなく、
医療従事者と患者が双方に責任を持ち、
協力して治療に臨むという姿勢が重要になる。

エビデンスを用いることは
質の高い医療を提供するために大切である。
しかし、高齢者や心理的な問題、
複雑な要素の関連がある場合、
有効なデータも目の前の患者には
無効になることもある。

また質の高い医療が
必ずしも高い満足度に繋がるとは限らない。
そういった中でナラティブ・ベースド・メディスンを考慮し、
患者とともに意思決定をしていくということが重要である。

まとめ

患者固有の価値観は会話を通じてでしかわからない。
また医療における治療法や選択肢は
医療従事者しかわからない。

こうしたお互いの物語を共有し、
対応していくことが
今後の医療で求められるものになるであろう。

Photo by Alexandru Tudorache on Unsplash

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ABOUTこの記事をかいた人

藤原大輔 岡山のクリニックで理学療法士として勤務。 "痛み"に対して 日常生活のコントロールの重要性を提唱している。