仕事や人生には数学

広告

Pocket

数学は学生時代に習ったと思う。
私もそうだが、その必要性については、
非常に懐疑的だったのを覚えている。

これが何の役に立つのだろうか・・・。
“x”を求めよ。”x”っていきなり出てきて何?
分配法則で式を展開できる?
“=”の反対側の辺に移動すると符号は逆転する。
移行”+”は”-”に。そして”-”は”+”に。

もう何を言ってるのかわからない。
そんな経験が思い出される。

それでも何とか公式を覚えたりして、
よくわからないなりに解を出していた印象だ。
ただ何の役に立つのだろう・・・。
そういった疑問はそのまま残っている。

現代で使う”頭の良さ”とは数学

数学は様々な符号が出てくるが、
様々なことを頭の中で考えてる。
実はこれが日常生活での
いわゆる頭の良さに関わる。

頭の良さとは学校生活では
暗記がモノを言う場合が多い。
ただ勉強できるのにバイトをすると全然ダメ。
仕事はまるでできない。
人生をうまく歩むことができない。
そんな人は多くいる。

社会に出ての頭の良さというのは、
いくつかの要素の集合体と言われていれる。

何かを思いつく閃き。
様々な選択肢を生み出す力。
全体を見通す広い視野。
今の答えに疑問を持つ冷静さ。
うまくいかない場合に別のパターンに変更し、
それを繰り返し続ける粘り強さ。
そして色々なことに興味と好奇心を持つやる気。

こうした様々な能力を抽象化すると、
頭が良いという評価になる。
これからの社会は先が見えない。
AIが様々な分野で活躍し、
人間は機械ではできない課題の解決を求められる。

数学の発展

数学は実は生活に密接に関わってきた。
建物に関わる図解。
そしてものを数える数式。
そしてさらに分析するためのグラフ。

図解は幾何。
ピタゴラスの定理と円周角の相似。
ベクトルなどが関係する。

数式は代数。
二次方程式が有名である。

グラフは解析。
二次関数。微分・積分がこれにあたる。

社会に必要な数学は、
おおよそ中学のうちに習う。
この図解・数式・グラフのみである。
高校や大学はさらにそれを専門的にしたものであり、
基盤はこの図解・数式・グラフである。

現実的に何が必要か

個人の感覚だけでは伝えることに限界がある。
建物の柱を作るときに、
「長めにお願い。」と言っても、
長めが人によって違う。

「違う!長めって言ったじゃん!」
「いやだから長めだし!!」

と争いが絶えなくなってしまう。
図形の形からどこを図れば同じものが作るか。
どこの長さを図れば全体の形が把握できるのか。
そしてその計算はどうするのか。

こうしたものが数学では関係する。
実は世の中のほとんどものは、
数学によって作られている。

ガードレール、信号機、道路、
家、自転車、車、テレビ。
何もかもである。
もしこれらが数学なしに作ろうとすると、
形はバラバラで部品がはみ出たり、
収まりがつかなかったりする。

数学を用いることで再現性と客観性を持たせ、
世の中の原理原則を客観的に捉えることができる。
こうした数学の公式は、
歴史上の頭の良い天才の人が導き出してくれている。

巨人の肩の上に立つ

アイザック・ニュートンは
同じ科学者のロバート・フックに当てた手紙で、
「私が彼方を見渡せたのだとしたら、
それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。」
と書いている。
これは先人の積み重ねた成果に基づいて、
新しい発見を行うという意味である。

新たな成果は過去の成果や知識によって、
作り出されたと言っても良い。
何度も同じものを一から繰り返すよりは、
効率的でその土台を元に、
より優れたアイデアを作り出すことができる。

まとめ

何の役に立つのかわからない数学。
実は日常生活のほとんどに関わってくる。
人間の作り出したものは
数学なしには考えられない。

感覚だけで伝えることができないものに、
再現性と客観性を持たせてくれる。

日常生活で必要な数学は
だいた中学で習う。
図解・数式・グラフの3つである。
ピタゴラスの定理と円周角の相似、
二次方程式、二次関数である。

最後にこうした素晴らしい数学の発見をした
偉人たちに感謝し、
さらに素晴らしいアイデアを
生み出していくことが、
私たちの課題になるのかもしれない。

巨人の肩の上に立つ

Photo by Naitian Wang on Unsplash

広告

ABOUTこの記事をかいた人

藤原大輔 岡山のクリニックで理学療法士として勤務。 "痛み"に対して 日常生活のコントロールの重要性を提唱している。