力を抜くことができない

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痛みが強く力を抜くことができない場合がある。
力が入りすぎるからより痛いのもあるが、
痛いから力が入ることもある。
力を過剰に入れてしまうと、
正確な関節運動の妨げになり、
筋や関節のストレスがさらなる痛みの要因となる。

このような状況になっている場合、
患者の痛みのある部位の位置覚や運動覚は
低下していることが多い。
位置覚や運動覚が低下している状態では、
痛みのある手や足がどこにあるのか、
認識できていない状態と言える。

壁や柱に痛い側の手をよくぶつける。
痛い側の足をよくぶつける。
などの訴えがある場合は、
位置覚・運動覚の低下がないか確認が必要である。
たとえ神経に異常がないとしても、
脳の働きかたによっては
認知できないことは珍しくない。
例えばテレビに夢中になっていると、
人の会話が聞こえないということはないだろうか。
テレビに集中することで、
他の情報がシャットアウトされている状態である。
脳は意識するものによって、
認知される情報は変化するのである。

力が過剰に入り、位置覚や運動覚が低下している場合、
その人の脳では何が起きているのだろうか。
痛みを経験した場合、また痛くなるのではと不安になる。
その時、脳では「動かす」→「痛い」
という図式が成り立ってしまう。
脳は「動かす」ことよりも「守る」ことを優先し、
それが習慣化してしまっている状態である。
組織損傷が強かったり、炎症期では
このような反応は非常に重要である。
しかし、長期化し習慣化してしまうと、
力が抜けない、感覚を感じることが難しい、
適確に動かすことができない関節となってしまう。

このような場合は、脳に対してのアプローチが必要となる。
脳を元の働きに戻すことが必要になるので、
まず以前との違いを認識してもらうことが必要である。
痛みのない方を動かしてもらい、
そちら側は「何も考えてない」「痛みを探してない」
ことに気づいてもらう。
それに対して痛みのある側は「痛みがあるか」
探しながら動かしているのに気づいてもらう。
要するに痛みのない側と同じ気持ちで
動かしてもらう必要がある。
”痛みがあるか考えないように”と意識すると、
考えたもの意識したものを打ち消しているので、
実は頭の中にイメージは浮かんでしまっている。

”考えないように”とか”無心になる”というのは難しいので、
コツとしては感覚に集中するように心がけることである。
痛みではなく手の感覚。
手が曲がっているか。どのくらい伸びているか。
どのくらいの角度なのか。
これを目で見たイメージではなく、
体で感じるイメージにしていくことが大切である。

実際に動かさない状態で目を閉じて、
手が軽く動くイメージを持つことも有効である。
これを運動イメージといい、
実際の感覚入力や運動出力が伴わない
運動リハーサルのことを言う。
この時のイメージは
目で見ている第三者としてのイメージ
(視覚的運動イメージ)でなく、
体の感覚を感じている一人称のイメージ
(筋感覚的運動イメージ)が重要である。
体の感覚を感じている筋感覚的運動イメージの方が、
皮質神経細胞の興奮が強いことが
わかっているためである。

まとめ

力が過剰に入り、位置覚・運動覚が低下している場合、
脳では「動かす」→「痛い」という図式となっている。
まずは「痛くないか」無意識に
探索している思考に気づくことが大切である。

体の感覚に意識を向けるように促したり、
一人称の筋感覚的運動イメージが重要である。
体が今どこにあるのかを意識して感じたり、
軽く動くようにイメージを行うことが有効である。

1)運動イメージのリハビリテーションの応用
(作業療法と脳科学)-(脳の可塑性と作業療法)
梁 楠 作業療法ジャーナル 45(7),688-695,2011

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ABOUTこの記事をかいた人

藤原大輔
岡山のクリニックで理学療法士として勤務。
“痛み”に対して
日常生活のコントロールの重要性を提唱している。